第3話『父の急病』

このエピソードでは次のような音の演出の比較を例示しています。
・シーンの聴覚的地平の連続性
・劇中音楽(ソースミュージック)から伴奏音楽(アンダースコア)への移行
・交替モンタージュにおける音楽のシークエンス構成機能
・音楽の開始タイミングを変えることで変化する意味作用
・記号的コノテーションによる心理描写

第3話v1_基準Mix

セリフはADR(アフレコ)音声で、すべての音素材はポストプロダクションで作成されたものです。冒頭の屋外シーンではカットをまたいで交通ノイズを連続させることで、シーンの時間・空間の連続性を技術的に作り出しています。
美佐子と母の電話会話の場面(00:40〜)では、美佐子が聞いている音を中心にミックスし、声と交通ノイズの音量バランスも、その不安な心情に寄り添った変化を与えています。母の声は高域と低域を削って電話機から聞こえる音色にイコライジングしています(01:38〜のラジオアナウンサーの声も同様)。
病院に向かう美佐子と母の交互ショットのシーン(01:38〜02:35)には音楽を付けておらず「第3話v3_音楽AラジオMix」と比較して下さい。
時計のアップショット(02:57〜)以降、秒針音が次第に増幅され、リバーブ効果も付け加えられ、時計音が持つ時間経過という記号的なコノテーションを強調しています。これにより不安な心情で待つ美佐子の主観的な時間経過を描写しています。また美佐子の心の声(03:05〜)には深いリバーブをかけて時計音と質的に一致させています(両者とも主観的な音)。

第3話v2_同録Mix

撮影現場の同録音声(ピンマイク、ガンマイク、キャメラ位置のステレオマイクで収録)を中心にミックスしました。結果として、冒頭の屋外シーンではショットごとに背景の交通ノイズが断絶し、シーンの時間・空間的連続性が崩れています。
美佐子と母の電話会話の場面(00:40〜)では、母の声は聞こえませんが美佐子の反応によってある程度の会話内容の推測が可能です。ちなみに映画における電話会話の表現には次の3パターンがあります。①電話機を通じて相手の声を聞かせる(「第3話v1_基準Mix」の例)、②聞かせない(本ビデオクリップの例)、そして③交替ショットで喋っている双方の姿を見せる。

第3話v3_音楽AラジオMix

周防義和氏作曲の音楽を加えてミックスしました(01:45〜)。
音楽には、異なった時間・空間のシーンをひとつのシークエンスとしてまとめる強い統辞機能があります。この例では、車中の美佐子と自宅から出発する母の交替ショットに音楽が重なることで、2つの場所で同時に出来事が起っているように見えます。また、音楽が鳴っている間は、物語世界の時間がジャンプしても不自然に感じられないケースが多くあります。美佐子が車に乗り込み病院に到着するまでの映像の実時間は約1分間ですが、物語世界ではもっと長い時間が経過しているはずでしょう。
さらに、この例では、交通情報に続けてカーラジオから音楽が聞こえて来る演出になっています(01:45〜)。そのため音楽の音質は、最初は高域と低域を削ったラジオ的な音質にイコライジングされ、車内に反響するようにミックスされています。この音楽は車内にいる美佐子に聞こえているはずで、劇中音楽(ソース・ミュージック)と呼ばれます。しかし、母が荷作りをしている次のショット(01:48〜)になると、音楽が発せられる空間(次元)が変化します。もはや登場人物たちの誰にも聞こえなく、物語世界の外部から物語を注釈する伴奏音楽(アンダースコア・ミュージック)へと変質しているのです。それにともない音楽の音質はラジオ的な音質から、高域も低域もクリアに聞こえるハイファイな音質に変化しています。この劇中音楽から伴奏音楽(あるいは逆方向)への連続的な移行は、映画でよく使われる劇的な手法です。

第3話v4_音楽B

同じく周防義和氏作曲の音楽を加えてミックスしました(00:58〜)。ただし、上と比較して音楽内容が異なるだけでなく、音楽の開始タイミングも違います。その結果、音楽の機能がどのように変わるのかを比較・確認して下さい。

第3話v5_音楽C

Jirafa氏作曲の音楽を加えてミックスしました(00:58〜)。音楽の開始タイミングはv4と同じです。しかし、音楽の内容が異なることでその機能がどのように変わるのかを比較・確認して下さい。